リトミックフォ-ラム

 みなとみらいで行われたリトミック研究センタ-の全国フォ-ラムが終わった。講師の先生方の講座をもっととりたかった。あっという間の3日間だった。東京支局のプラスティクアニメ(音の視覚化)は想像以上のすばらしさだった。「憧れ」・・・これはきっと長野の会員がとても強く感じたこと。これから、みんなで学ぶ喜びを共有できる支局になっていったらいいだろうな。  さてこれからが大変。フォ-ラムの日々をしっかり振り返って、自分の糧にしていくための大切な時間が始まる。記憶があいまいにならないうちに。先生方の息遣いや表情をしっかり思い出せるうちに。    それにしてもリトミックってすごい!

向かいのおじさんのこと

 家の向かいのおじさんが20日夜亡くなった。庭木をとても大切にしていて、いつも庭の手入れがすみずみまで行き届いている。5月の連休の頃は元気に水やりをしていたのに。20日の夜、おじさんが物いわぬ人になって病院から家に戻ってきた時、突然雨が降った。やっぱり庭木の水やりのこと、気にしていたんだね 近所のみんながそういった。  通夜の時、おじさんがとても小さくなって横たわっていた。遺影の笑顔は5月の時と同じなのに・・そう思ったら急に悲しくなった。  今日告別式。何日ぶりのまとまった雨だろう。偶然かもしれないけれどやっぱりおじさんが雨ふらしたのかな なんて真剣に思った。  ご冥福をお祈りします。    

いもほり

 毎年恒例の芋堀に出かけた。高原の日差しは今日も街中のように暑いけれど風の心地よさはたまらない。とんびが途中旋回しながらピョ-とないた。  こんこんと湧き出る水はずっと手をひたしていると切れるように冷たい。その水の美味しいこと!その湧き水の中で冷やしたトマトの味の濃さ。  その湧き水を持ち帰って早速コ-ヒ-を飲む。甘い!加えて私の掘ったジャガイモで作った夕飯の肉じゃがはまた格別。一緒にいただいてきた高原のきゅうりも、売っている形のいいものとは比べ物にならない美味しさ。  高原での贅沢な一日の締めくくりは、ため息が出るほどうっとりする夕焼けの空だった。なんだかすべてに感謝。

テニス

 長女は高校の軽井沢合宿から帰ってすぐ昨日今日とテニスの大会に出かけた。この酷暑の中を である。よくそこまでできると感心する。  テニスの試合を見ているといろいろなことに気づく。ただ技術だけでは勝てない。ペア、チ-ムの中での心の動きが見事に試合に反映してくるからだ。一人の身勝手が全体の足を引っ張っていく。とことん言い合って寝食を共にしていくことがやはりチ-ム力になっていくのだろう。何日間か同じ釜の飯を食べていると取り繕いができなくなってくる。そこで初めて友だちとは?に気づいていくのだろう。  長女の合宿の話を聞きながら、彼女の周りの人間の見方が少し変化している気がした。さて今日のト-ナメント、どんな結果になるやら。本日の予想最高気温36℃。

不思議な出会い

 長野東口インタ-近くの「太陽のカフェ」というダイニング、シュタイナ-の蜜蝋クレヨンなど雑貨を売っていて「えっ?」とおもったら、店主の奥さんがシュタイナ-のもと教師とのこと。シュタイナ-の治療教育に感心があった矢先なので、関連本をたくさん売っていただいた。時間を作ってお話を聴きにいこうと思う。

初心の会を終えて

 保科温泉で1泊2日の初心の会「夏の会」があった。川田殖先生を囲んで、先生方と親が集い、教育について語り合った。先生方の持ち寄ったVTRの中の子どもたちの表情を見ていると、なんて屈託のない表情なのだろうとおもう。こういうまっすぐな子どもたちが社会にあふれていなければいけないのに、どこで何をわすれ、いつボタンをかけ間違えてしまったのか。今私がすることは何か。できることは何か。めざすものはなにか。大きな影響力はなくても、昨日今日と集った仲間は、今この瞬間から自分のできることをしていくに違いない。憂えてばかりでは何も変わらない。

おお!八月。

 今日梅雨が明けた。夕方の雲がすばらしく綺麗だった。そういえば地震の時、必ず雲に変化が現れる。私も一直線に立ちのぼる雲を見たことがあった。その日、その方面で強めの地震が観測された。先日の中越沖地震の際も、上越に住む友人は何日も前から不思議な雲をたくさん見ていたという。「今思えばあれが予兆だったんだね。そういえばその前の中越地震のある前日、燃えるような夕焼けが見えた・・。」自然をあなどるなかれ。  自然現象といえば、台風が限りなく九州に接近しているというのに長女は、インタ-ハイの応援要員として今日佐賀に向かった。帰りは土曜の予定。帰りのフェリ-、無理でしょう!台風進路が気になる毎日。今週4日間と来週4日間、長女は留守。3人分くらい話す彼女がいないだけで、家はずいぶん静かだ。  暑い一日が終わろうとしている。初心の会のレポ-トに苦しんでいる。またぎりぎりになりそうだ。

中野哲良さんのCD

 10年ほど前に中野哲良さんが出したCDを聴いて驚く。というより、やっぱり・・といったほうがいいかな。自分の固さを改めて思う。人生でどれだけ遊びがあるかということは、口にだしたら簡単なことだけど、そういう人生を実際歩いてきた人はごくわずかだと思う。だから余計私の口先だけの論理を思い知る。  一緒に中野さんと何かを創ることができることに、感謝したい。今度は、ちゃんと自分自身と向かい合うことができそうだ。さて、今年秋しなのキャンパスの2回目が開催されることが急ピッチで決まってきた。やるしかない。

子どもたちは半端じゃない

 今日のS保育園といい、先週の中野リトミックといい、子どもたちの感覚のすごさに私のほうが後ずさり状態。可能性ということばが頭から離れない。それに、なによりその場にいる大人の人(母親や先生方)とこういう感覚を少しでも共有できることがうれしい。子どもたち同士の中だからできること、大人が「大人や子ども」といった感覚を捨てたときに子どもたちと生まれる一体感、一人一人の発想の豊かさ(これは日頃の生活態度とはまったく関係ないから不思議)、・・・大切に大切にとおもう。  でもたくさん私が見えなかったこと、気づかないことがある。子どもたちの見方にムラがあったり、気になる子どもばかり見てしまったり、ちゃんと名前を呼ばなかったり。取り返しのつかない一瞬一瞬。ひとり一人の顔を思い浮かべて、「今度はきっと・・」。  子どもたちの笑顔になんだか涙が出るくらい感動してしまう日々。

1歳児レッスン

 信濃町の1歳児レッスンが始まった。3人とも男の子。さあ いいわけはできないぞ。ことばでの意志の伝達や感情のコントロ-ルの部分がまだ未発達な彼等は、全部がストレ-ト直球勝負。きっと困った、しまった、大変だの連続。だけど彼等がなにげにみせる表情やしぐさはため息が出るほどかわいいのだ。ああ だからやめられないんだなあ。  途中眠くて泣きだしたKちゃんが大の字で寝ている横で、お母さんたちと あいだみつをの詩を読んだ。「そのままでいいがな」